1957年、徳島県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科を卒業し、向井周太郎に師事してデザインの根源的な思考を学ぶ。1985年の独立後は数々の優れたグラフィック作品やCIなどを手がけ、1989年に日本グラフィックデザイナー協会新人賞を受賞するなどデザイナーとして第一線で活躍。彼の探求心は視覚伝達の枠を越え、バックミンスター・フラーの理論に基づく多面体構造や、次世代素材「竹」を用いたバンブーシェルターの開発など、空間や環境の領域へと大きく広がっている。表面的な美しさだけでなく、自然や人間社会の根源的なあり方を問い続ける貴重な教育者として、次世代のデザイナー育成に情熱を注いでいる。
大いなる自然と向き合うということ
共生と聞いて僕が思い出すのは、ずっとやってきた竹の造形に関してです。日本人と竹というのは精神性がすごく共振するという関係なんですね。それだけではなく、工業デザイナーで建築家のリチャード・バックミンスター・フラー*っていう人がいるんですけれども、その人がシナジェティクス**という理論を提唱していた。僕はそういうものに関心があって、竹で大きなドームを作ったりとか、いろいろなことをやってきたわけなんです。その一環として、今から17、8年前ぐらいになりますけども、インドネシアとの縁ができて、そこの大学に毎年行って、向こうで竹を使ったいろんなワークショップを開いたり、大きなドームを作ったりしました。そういう経験も含め、僕にとってやっぱり人間っていうのは偉大な自然、資源と共生していく存在であると思います。
*リチャード・バックミンスター・フラー(1895-1983)、アメリカ合衆国の思想家、デザイナー、構造家、建築家、発明家、詩人。
**シナジェティクス:リチャード・バックミンスターフラーが提唱した独自の概念であり、学問体系であり、主にシナジー幾何学とも訳される幾何学的なアプローチで、この宇宙(自然科学や人文学、果ては人類や自然、宇宙まで人間が知覚しうる全てを具象から抽象、ミクロからマクロまで)の構成原理であるシナジーを包括的に理解しようとする学問。(Wikipediaより)

ワークショップ

ワークショップ
シナジェティクスが鳴らす警鐘
これは私にとって共生という言葉につながる重要な概念としてあります。
シナジー***っていう言葉がある。これはエナジーの反対語なんですよ。エナジーっていうのはエネルギーですよね。これはもう僕らが日々接している言葉で、僕らの身近な中で問題になっている石油っていうのがまさにそのエネルギーの源泉ですよね。今、スーパーやコンビニ、100円ショップとかに行くとそのほとんどが石油由来で作られたものだったりして、これはエネルギー消費以外でも人間の生活にとって、石油があまりに多くの役割を担っているかを表しています。普段僕らは意識さえしていないですが、いちど意識すればその影響は絶大です。
ところが、最近あんまり言われなくなったけれど、僕が若い頃、今から4、50年ほど前っていうのは、石油があと何十年で枯渇するって言われていたんですよ。でも枯渇しなかった。要するに採掘技術が向上したわけですが、とにかくもう、どんどん地下深くまで****チューチューチューチュー強引に吸い取っていくんです。遠慮なく。これを見るとやはり、少し危うく見えてくる。過去の引き伸ばしというか、綱渡りのような状態で生活を僕らは送っているんですね。みんなはそれを平気で消費している。そういう状況。
でも、この流れを変えていかなきゃいけない。これをバックミンスター・フラーはもう今から50年近く前に予見したわけです。地球上にある有限の資源というものを、人間が無造作に吸い尽くしていくっていうのはあまりにもひどい。そもそも今デザイナーという職業も、基本的にはエネルギーを消費する作業をひたすらやっているわけで、それを食い止めるためのことは一切やってない。たとえば、誰かひとりがもしプロダクトを作ったりなんかしたら、そのほとんどが不可逆的で、なお生活の中で消費されていくわけじゃないですか。そしていずれ捨ててしまう。つまりは、消費以外の視点でデザインって考えた人があんまりいなかったんだけども、フラーはそのようなことを最初に思いついたというか、着想し、提言したんですね。
***シナジー(相乗効果):ある要素が他の要素と合わさる事によって単体で得られる以上の結果を上げること。
****地下深くまで:シェールオイルとは、地下深くの硬い頁岩(シェール)層に閉じ込められた非在来型の原油であり、タイトオイルとも呼ばれ、水平採掘や水圧採掘といった技術革新によって2000年代以降に商業生産が拡大した。(Wikipediaより)
地球という星で、人類はまだ「幼年期」にいる
ふと自然を見る。見ると、自然の中ではもちろんエネルギーを消費している生物はたくさんいるのだけれど、しかし植物っていうのは二酸化炭素と水で酸素を作っていくんですね。同時に温暖化を抑えていっている。つまりエナジーと逆の方向の働きをしている。たとえば、お水っていうのは、自然に循環していますよね。人間がお水を飲んでも、おしっこしたり汗を流しても、それがいずれ川となって海に流れ、雨になって帰ってくる。そういう自然の循環的なシステム、そういうものの中で酸素をずっと供給し続けている植物っていうのは、シナジーと言えるんじゃないでしょうか。
かつて人間も長い間自然のバランスを壊さないで生きていれたんだけども、ともかくエネルギー消費を最優先に考えるテクノロジーを推進したがために、人間が自然と繋がっている、共生しているものがだんだん切り離されてきてる。その結果を踏まえた上で植物的なもの(シナジー的)、人間のエネルギー活動のメインである消費(エナジー的)っていうのを比べると、地球上でまだ人類っていうのは生物の中でいうと幼年期なんじゃないか、と思えてくるんですね。ちょうど赤ん坊がお母さんのおっぱいをチューチュー吸って生きているように、地球の養分であるミルクとしての石油をチューチュー吸って生かしてもらっている。たとえば循環エネルギーっていうのは、水であったり太陽であったり、地熱であったりとかいろいろ存在は言われていますが、技術的にも嗜好もまだ未熟であるから、全然それをうまく使えてない。しかしいずれは、消費エネルギーから循環エネルギーの時代になっていく。それが人類の成長していくプロセスじゃないかっていうのをフラーは予見したわけですね。で、それに貢献するデザイナー、それに対して技術的にデザインとして寄与できるのがデザイナーの本来あるべき形じゃないか。これが、僕の大切にしている考え方の主軸です。

上海講演
竹の造形で「気づき」を届けたい
竹っていうのは古来よりさまざまな用途として使われていました。日本も、6世紀とか7世紀ぐらいから竹の歴史っていうのはあって、生活の周りの民具と言われるものはほとんど竹で作られていたんですよ。
それは、竹の成長速度の速さも関係していて、一日に何十センチも伸びることもあるし、2、3年で成熟するんですね。新しく芽が出れば、竹の子になって、食べることもできる。かなり活用性の高い植物なんですね。
対して、木っていうのは一回切ってしまうと。何十年、何百年っていうスパンを待たなきゃいけない。にもかかわらず今どんどん伐採している。日用製品、住居、あるいは紙を作るために。人間っていうのは実は、木を消費して大変なことになっている。世界中のいわゆる酸素濃度がだんだん減るぐらいに木が消費されているのですね。
しかも今はそのほとんどが、たとえばプラスチック(石油由来のもの)に置き換えられ、海上を埋め尽くしていっていたりする。そんなところを生きているわけですよ。それに対して僕たちデザイナーがどうするかっていうのは本当に難しい。だから難易度はどんどん上がっているんだけれども、そういうことから目を背けずに、考えていく。たとえば映像作家だったらそういうものをちゃんと記録して、「これやばいよね」と一般の人たちに気づかせる。僕はそれを竹の造形でやろうと思ったんです。

芸祭ドーム
竹のドームに込めた、僕の決意
なぜドーム型なのかというと、これもフラーのシナジェティクス理論に基づくことが大きいですね。フラーは、鉄骨やコンクリートで作られた現代の建物は「パルテノン宮殿と何ら変わりない彫刻」に過ぎないと批判しました。ベネズエラの地震被害のように、災害で容易に崩壊して多くの犠牲者を出す建物や、何十階ものタワーマンションは、人間が本来暮らすべき自然な姿ではないと彼は指摘していた。自然を深く観察し、巨大な支柱や構造壁ではなく「薄い被膜」で空間を覆い、植物などの自然と共生しながら暮らす「エデンプロジェクト[i]」のような建築をこれからの理想としたんです。
彼のこうした構想は残念ながら最終的に生前には実現しませんでしたが、しかし、1983年に亡くなる直前に、インドネシアのバリ島で開催されたバンブーシンポジウムに行ったんです。これはデザイナーのリンダ・ガーランド[ii]の招きによるものでした。アメリカの大学で学ぶ留学生から竹の存在を聞いて興味を持っていたフラーは、現地で実際に竹を目の当たりにし、「これこそ人類のマテリアルだ」と大変な感銘を受けたのです。
幸運なことに僕は、リンダ・ガーランドさんが亡くなる前にお会いする機会がありまして、フラーがここで竹の造形をすると約束したとその時に教えてくれました。しかし彼はもういないわけです。フラーのシナジェティックス理論に基づいた竹の構造を実践する人はほとんどいません。建築家に頼めば「プロダクトの領域」と言われ、プロダクトデザイナーに頼めば「建築でしょう」と返される。誰も手をつけないなら、僕は本来グラフィックが専門なのですが、やるしかないと思ったんです。
世界のどこかで誰かがこの活動を見て、「次の時代のヒントになる」と感じてくれたらいい。その思いで竹のドームをつくり続けています。
毎年、大学の芸術祭でキャンパスの芝生に建てるドームも、自分の作品というよりも「メッセージボード」です。薄い竹の部材だけで、30人ほどが入れる直径7〜8メートルのドームを作れる。その可能性そのものを伝えるための装置なんです。

芸祭ドーム
(インタビュー:2026年6月)

