小さな“アートスペース”から大きな社会に布石をうつ

武蔵野美術大学

小さな“アートスペース”から大きな社会に布石をうつ

PEOPLEこの人に取材しました!

小川希さん

Art Center Ongoing代表

今回は、ギャラリーやカフェなどを備えたアート総合施設 「Art Center Ongoing」の代表を務める小川希さんにインタビューを行いました。
小川さんは、大学院生時代から現在まで、形を変えながら多様なアーティストが自分の表現を発表し、互いに出会い、議論のできる場を提供しています。私たちは、現在の社会において、なぜ多様なアーティストが発表する場が必要なのか、誰もが「共に生きる」社会の実現においてどの場面でアートが必要とされており、Ongoingはその中でどのような役割を果たしているのかに興味を持ちました。
分断されつつある社会に対する鋭い眼差しと、それに対するOngoingの展望を期待する小川さんに、「共に生きる」ことについて聞いていきます。

島宇宙の外へ

私が武蔵野美術大学の学部生だった頃は、今のように学生が活発に学外へ出て活動する時代ではなくて、課題をただこなし、悶々とした日々を過ごしていた記憶があります。当時は「貸しギャラリー」の全盛期で、学生が1週間展示をするために10万や20万といった大金を払うのが当たり前でした。学生相手に高いレンタル料を取るビジネスに対して「搾取されているだけじゃないか」と冷めた目で見ていましたが、実際に美大で作品を作っていて、外の世界との繋がりを持つのは確かに難しかったです。

美大の内部ですら、油絵を学ぶ人とデザインを学ぶ人との間には全く交流がなく、「狭い島宇宙」のようなコミュニティの中で制作している状態。その外側には広大な「社会」があるのに、そこへ繋がろうとすると貸しギャラリーのような場所に頼らざるを得ない。当時の私は、その状況がどう考えてもおかしいと思っていました。

公募展、そしてアートセンターへ

その違和感が形となって、大学院生の頃に立ち上げたのが「Ongoing」という公募展のプロジェクトです。第一回目は六本木の廃校を借り、ジャンルは問わず、私と同世代である1970年代生まれの作家だけが応募できることを条件に、参加費は無料で、審査員も置きませんでした。この公募展では、応募してきた作家達各々がプレゼンテーションを行い、作家同士で面白いと思った人に投票するシステムを取っていたんです。

それを一年に一度、六本木の廃校から始まり、吉祥寺の飲食店や、横浜の倉庫を改造したアートスペースなど、場所と内容を変えながら5年間続けた結果、応募してきてくれた作家はのべ300人にものぼりました。彼らが顔を合わせ、対話し、評価し合うことで、全く知らなかった人同士のネットワークが少しずつ出来上がっていきました。

小川さんが大学院時代に行った活動の記録冊子

話は少し変わりますが、私は学生時代、ヨーロッパをバックパッカーとしてよく旅をしていたのですが、現地の街に必ず「アートセンター」と呼ばれる場所があったんです。そこは、若いアーティストや地元の人々が集まり、展示やワークショップが日常的に行われるような場所でした。日本には美術館やコマーシャルギャラリーはあっても、そういった場所は当時はほとんどなかった。「ないなら自分で作るしかない」そう思って2008年に立ち上げたのが、現在の「Art Center Ongoing」です。大学院時代の数年間、公募展の「Ongoing」と旅先での経験が、アートセンターを作るきっかけとなりました。

Ongoingとアートの本質

私が作りたかったのは、若い作家が、お金のことや「売れるかどうか」を念頭に置かずに、思い切り実験的なことができる場所でした。インスタレーションやパフォーマンスなど、商業ギャラリーでは扱いづらい作品を年齢の縛りなく自由に発表できる場所です。

例えば展示室にプールを作った作家がいました。有賀慎吾さんと長谷川翔さんによる二人*で、二階のギャラリーに実際に水をはったプールを設置したのですが、水漏れして一階のカフェが水浸しになってしまったんです。他にも印象的な展示は色々とありますが、今でも印象に残っているものを一つ挙げるならこの出来事ですね。

*有賀慎吾+長谷川翔「接続解除」(2009/6/3~2009/6/14)

そして、Ongoingの場所を吉祥寺にしたのにも理由があります。西側には武蔵美や多摩美といった美大が多くあり、東側には一般の人たちが住む社会がある。吉祥寺は、その両方の人が来ることができる、丁度良い場所だと思ったんです。

私は、「多くの人と広く繋がりたい」というよりも、社会の枠組みからはみ出すような「面白い人達」を紹介したい想いが強い。彼らは資本主義社会ではうまくやっていけないかもしれないけれど、アートの本質というのはまさに、「何かの役に立つ」とか「綺麗なデザインをする」「いい広告を作る」といったことじゃないと思うんです。彼らが自分たちの表現をちゃんと出せる場、社会に問題を提起できる場が必要だと思って、ここを作りました。

ただ、そうやって18年の間、閉じた空間を避けて面白い人たちと繋がることを重視して活動してきましたが、最近の若い子たちを見ていると、少し違った空気を感じることもあります。

記録冊子を見せながら当時を語る小川さん

「島宇宙」はなくなったのか

私が大学**などで教えていると、社会で起きていることを全然知らないし、知る必要も無いって言う学生が増えていて驚くことがあります。例えば日本では、外国籍の人を差別するような動きが2、3年で酷くなっているけれど、そういうことすら知らなかったりする。

今は情報がありすぎるから思考停止になってしまうのかもしれませんね。ただ、情報を知らないことと、社会で起きていることに興味を持たないことは別の話でしょう。リベラルと言われているはずの美術大学で社会の問題に対して興味がないとか、課題が忙しくてそれどころじゃありませんっていうのはどういうことなんだろうと思ったりします。

**小川さんは現在、武蔵野美術大学にて非常勤講師として勤務されている

他者を想像する力

今はSNSの時代になって、自分の世界だけが全てだと思っている人ばかりになってしまっているので、それ以外のものを排除したり否定したり、或いは想像することすら出来なくなっているのかもしれませんよね。SNSは構造として自分が求めている情報しか入ってこないので。

芸術はそれに対抗する手段の一つなんじゃないかなと考えています。自分以外のものを想像することが凄く重要なんです。その自分たち以外の人が存在していて、どういう風に世界が成り立っているかを想像する力を養うのが芸術の存在意義の一つなんじゃないかなと思ったりします。

わかりあえない現実から

私は「共生」という言葉を、ただ優しくてきれいな理想として語ることにはあまり意味がないと思っています。もちろん、誰もが差別されず、排除されずに生きられる社会であるべきです。でも実際には、今の社会には分断があり、排外主義的な考え方や外国人への差別的な感情も広がっています。そういう現実を前にしたとき、「全員がすぐに分かり合える」と考えるのは、少し楽観的すぎるようにも思います。

人は、ある程度の年齢になると、自分の考え方や価値観をかなり強く固めてしまう。特に、長い時間をかけて身についてしまった排外的な考え方は、簡単には変わりません。だから私は、根深い排外主義を持っている人たちと、すぐに仲良く共に生きることができるとは思っていません。全員が隔たりなく、同じように理解し合って暮らすことは、現実にはかなり難しいことです。

それでも、話し続ける

ただ、諦めてしまったら終わりだと思っています。「どうせ何を言っても変わらない」「この社会はもう変わらない」と思ってしまった瞬間、何も動かなくなってしまう。コミュニケーションがうまくいかないのは、ある意味では当たり前なんです。話しても伝わらない人もいるし、時間をかけても変わらない考え方もあります。でも、だからといって話すこと自体をやめてしまえば、社会はさらに悪い方向へ進んでしまうかもしれません。

私自身、例えば高校時代の友人たちに久しぶりに会ったとき、かなり保守的な考え方や、排外的な発言をする人に変わっていてとても驚いた経験があります。ビジネスで成功した人や、お医者さんになった人の中にも、そういう視点を持っている人が沢山いました。そのとき、ただ相手を否定して切り捨てるのではなく、なぜその差別が問題なのかを時間をかけて話すと、完全ではなくても、多少は理解してくれることがあった。もちろん、全く話が通じない人もいます。それでも、少しでも伝わる可能性があるなら、話し続けることには意味があると思っています。

一方で、より現実的に考えるなら、すでに強く固まってしまった考え方を無理に変えようとするよりも、若い世代がそうした思考に陥らないようにすることの方が大事だと思います。客観的な認識を持たないまま、差別や排除を当然のものとして受け取ってしまう前に、それがなぜおかしいのかを伝えるということ。大学の講義でも、地域の講座でも、アートスペースでも。そういう話をする場所を持つことが必要だと思っています。

この場所が一つのきっかけであり続けるために

Ongoingも、そうした意味で一つの場所になっていると思います。

ここに来る若いアーティストたちは、作品のことだけを話しているわけではありません。外国人が日本で生活する上で抱える問題、LGBTQなどのマイノリティに関すること、戦争、貧困、環境問題など、今まさに社会で起きていることについても自然に話します。

もちろん、このアートセンターは何か特定の政治的な主張を押しつける場所ではありません。ただ、不条理なことに対して「おかしい」と言える人たちが集まる場所ではあると思います。ここでは美術についての議論だけではなく、今の社会をどう見るのか、これからどう関わっていくのかという話も生まれます。互いを知らなかったアーティスト同士が、一階のカフェでつながることだってあるんです。

また、この場所をきっかけに自分の活動を始めた人や、アートをプロデュースする活動を始めた人もいます。次の世代の人たちがここから出ていき、それぞれ違う場所で動いていることは、とてもよいことだと感じます。この場所は、そうした人たちにとって、ホームのようなものになっているのかもしれません。いろいろな場所で活動している人たちが、ときどきここに戻ってきて、再び出会う。そんな雰囲気があるんです。

Art Center Ongoing の一階にあるカフェ、ここで多様なアーティストが集い、繋がっている

カフェの一角にある本棚、アートに関する様々な本が置かれている

 

18年前に始めた頃は誰にも知られてなかったけれど、長い時間をかけてしつこくやり続けてきたことで、少しずつ認知されるようになりました。私自身、場所や規模が変わっただけで言っている事はあまり変わっていないのだけれど、今の活動に加えて、外部で話やプロジェクトを依頼されたりする機会は増えています。

Ongoingで、少し年上のアーティストが若い世代と出会い、自分の経験や考えを話す。若い人たちはそれを聞きながら、自分たちの社会の見方を少しずつ作っていく。そうした時間の積み重ねは、すぐに社会を大きく変えるわけではない。それでも、せめてこれ以上悪くしないための小さな抵抗にはなると思っています。本来、こうした役割は大学がもっと担うべきなのかもしれませんが、現実には社会問題にあまり関心を持たない教育者もいます。だからこそ、大学の外にあるアートスペースにも、別の形で知を共有する役割が生まれると思うのです。

共生とは

私にとって「共生」とは、すべての人がすぐに分かり合い、仲良くなることではありません。むしろ、分かり合えない現実がある中で、それでも社会をこれ以上悪くしないために何ができるのかを考え続けることです。次の世代が絶望してしまわないように、差別や排除を当たり前のものとして受け取ってしまわないように、考えるための場所を残しておくこと。Ongoingがその小さなきっかけの一つであり続けるなら、それには十分な意味があると思っています。

夜に外から眺めたArt Center Ongoing、壁画が特徴的

(インタビュー:2026年6月)

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