ユディルさんの研究
Q:ユディルさんのこれまでの研究について、簡単に教えてください。。
母国のインドネシアの病院で働いた後、神戸大学で博士号を取り、その後アメリカで研究をしていました。また、以前は医学の分野で働き、ウイルス学や免疫学を研究していましたが、今はゲノム学を中心に研究しています。

研究内容について語るユディルさん

CRISPR-Cas9技術によるHIV治療法の開発に挑むユディルさんの取材記事
日本で研究する理由
Q:初めて日本へ来たきっかけは何ですか。
私はインドネシアで4年間病院で働いていたんですが、忙しい毎日の中で基礎研究をしたいと思うようになりました。しかし、当時のインドネシアではインフラ的に研究設備が十分ではなかったため、日本の進んだ研究環境で学びたいと考えました。また、親に何かあった時に比較的近いアジアに居たかったことや、日本文化が好きだったことも、日本を選んだ理由です。
Q:日本で研究していて良かった点はありますか。
はい。まずは技術面ですね。日本は母国と比べると、研究に必要な設備が整っています。次に、人間関係ですね。日本のお互いに敬意を払う文化が素敵で、外国人やイスラム教徒である私にも周囲の人が気を配ってくれました。また、私はアメリカでも研究をしていましたが、生活面では日本のほうが安全で、安心して過ごせると感じています。

DNA解析の研究が行われる研究室

現地の研究者に実験を指導中のユディルさん(右)
Q:多様な国籍の研究者と協力する中で、印象に残った出来事や気づきはありますか。
最初は日本社会に受け入れてもらうためには、「自分も日本人らしくならなきゃならない」と思い込んで、日本語なども必死に勉強していました。でも、アメリカ(ボストン)で多様性に富んだ環境を経験したことで、視野が大きく広がったんです。

アメリカで研究員として勤務していた頃のユディルさん
日本に戻ってきたら、阪大や京大の周りにも中国人やタイ人など多くの留学生が増えていて、「あ、無理に日本人らしくならなくてもよい」と感じるようになりました。12年前に日本へ来た頃と比べると、日本も多様性のある社会になり、今の環境のほうがよいと感じています。

インタビューに答えるユディルさん
外国で研究するに当たっての苦悩や葛藤
Q:日本で研究生活を送る中で、苦労したことやその対策を教えてください。
最初はやっぱり言語の壁ですね。スーパーで買い物をするときも、塩と砂糖の区別がつかず、豚肉を食べられないので、「豚」の漢字を必死に覚えました。区役所での手続きなども、最初は一人で苦労しましたね。 また、日本に来て2〜3年ほどの「ハネムーン期間」が終わった頃には、卒業できるか、卒業後どうするのかという不安が大きくなって、とても悩んだこともありました。
そのようなときは、将来の道を探し続けること、日本語の勉強をしっかり続けること、そして友人を作るなど、周囲からの「ソーシャルサポート」を得ることが大事だと実感しています。私の場合は、その時期に妻と出会ったことも大きな支えになりました。一人で生活する留学生にとっては、言語の壁を越え、積極的に周りとのつながりを作ることが大切だと思います。
Q:これまでの人生で、転機となった出来事を教えてください。
大きな転機はいくつかあります。まずは、日本に来て研究者の道へ進んだこと。そして、妻と出会ったことです。 その後、アメリカへ研究に行った直後にコロナ禍となり、3ヶ月間ボストンのアパートから出られず、アメリカの高カロリーな食生活もあって15キロも太ってしまいました(笑)。
また、最大の転機は、3年前に現在の「東南アジア地域研究研究所」に入ったことです。それまであまり経験がなかったフィールドワークに触れることができ、インドネシアに関する宗教などの専門知識や文化にとても詳しい先生方に出会い、驚きました。ここでは基礎研究、フィールドワーク、教育のバランスが取れており、自分にとって本当に居心地の良い場所になっています。
Q:宗教における死生観が、研究や人生に与えた影響はありますか。
インドネシアの病院で臨床医として働いていた頃、7歳の女の子が亡くなった際、「自分の治療のせいで悪くなったのではないか」と強い責任を感じて大泣きした経験があります。人の生死を扱う仕事の重さに耐えられなくなり、4年ほどで臨床を離れました。
その中で支えになったのが、イスラム教における「人生は神様のものであり、起こることはすべて神様の決まり(ファタリズム)」という死生観です。このマインドセットを持つことで、母の死や自身の大きな失敗があっても、「これも神様の決まりだ」と受け止められ、メンタルがとても楽になりました。
日本に来てからも、研究費が取れなかったり実験に失敗したりしたときに、この考え方が救いになっています。日本ではすべてを自分のせいにして追い詰めてしまう人が多いように感じており、こうした宗教観は、心の負担を軽くしてくれる大きな支えだと感じています。
これからについて
Q:今後のご研究の計画について教えてください。
これからも、インドネシアを中心に、環境DNAなど、DNAに関わる研究を続けていきたいと思っています。インドネシアは世界でも有数の生物多様性を持つ国で、まだ分かっていないことがたくさんあるんですよ。私、動物が好きやから、これからもインドネシアの動物多様性について研究を続けていきたいと思っています。
DNAの技術って、今すごい速さで進んでるんですよ。毎年新しい技術が出てきて、5年前にはできなかったことが、今は簡単にできるようになっています。そういう技術を見ながら、何ができるのかを考えて、それをインドネシアにつなげていきたいです。できれば将来的には、インドネシアだけじゃなくて、東南アジアのいろんな国や地域にも研究を広げていけたらいいなと思っています。

今後の研究について語るユディルさん
Q:外国で長く住む上で、最も大切だと思うことは何ですか。
海外で長く暮らす上で大切なのは、やっぱり自分のルーツとか、母国とのつながりを忘れないことかなと思います。私自身、海外に12年間住んで、今になってやっと、自分の研究をインドネシアにつなげられるようになって、もっと達成感を感じるようになりました。母国に帰ることだけが、母国に貢献する方法じゃないと思うんです。日本で働きながら、自分ができることを通してインドネシアに何かメリットを与えられたら、それも大事なことやと思います。
Q:これから日本で研究を始める人に、伝えたいことはありますか。
まず伝えたいのは、自分の国を離れて日本やほかの国で暮らすこと自体が、すでに一つの大きな挑戦やということです。最初から将来、自分が何をしたいのかがはっきり見えてなくても大丈夫です。私も10年前は、まさか今みたいなことをやっているとは全然思ってなかったですから。将来のことを考えると不安になるけど、実際は何とかなるんですよ。何とかなる。
もちろん、嫌な人間関係とか、仕事をやりすぎたり、たまにやる気がなくなったり、嫌なことは絶対あります。でも、あまり考えすぎずに、ちょっと楽に生きて、楽しみながらやったほうがいいと思っています。私自身も、昔はストレスとか鬱になったことがあって、今振り返ると、そんなに思い詰めなくてもよかったのになって思います。将来のことを心配しすぎず、まあエンジョイしたら何とかなると思います。特に若い世代の人たちには、楽しむことを大事にしてほしいですね。

インタビュー後、ユディルさんと記念写真
(インタビュー:2026年6月)




