「杜の都」との運命的な出会い
Q:モーガン先生が日本に来た経緯を教えていただけますか?
私が初めて日本に来たのは、2015年の京都留学でした。4ヶ月の滞在を経て帰国した後も、日本での生活への思いは募り、2018年に「JET(Japan Exchange and Teaching)プログラム」への参加を決めました。日本で英語を教えたかったんです。JETに申し込むとき、どこで働きたいか要望を出せるのですが、私は何も志望しませんでした。お楽しみにしたかったので(笑)
配属先として知らされたのは仙台でした。「仙台ってどこ?!」ってなって、ウィキペディアで調べました。もちろん3.11のことは知っていましたが、「杜の都」ということは知りませんでした。その言葉の響きにワクワクを感じ、新たな生活に期待しかありませんでした。
仙台で暮らし始めて以降、この街のバランスに魅了されてきました。仙台に来て感じたことは「ちょうどいい」です。栄えているけどガヤガヤしていないし、自然も堪能できるといういいバランスだなと思います。
私のキャリアは、この「ちょうどいい」仙台で築かれています。仙台に来て最初の3年間はALT(外国語指導助手)としていくつかの中学校と小学校で勤務し、教壇に立ちました。ALTを始めて3年が経った頃、何か新しいことに挑戦したいと思い始めました。ちょうどその時、横浜に語学学校を見つけ、そこで実施されていた日本語を学ぶプログラムに参加しました。奨学金をもらいながら約1年間横浜に滞在しました。プログラムが終わりに近づいた頃、再び仕事を見つけたのは、やはり仙台でした。現在は仙台にある大学で翻訳業務を担い、日本人職員にビジネス英語を教えています。

英語教育のプロが見抜く「やさしい日本語」のポテンシャル
Q:「やさしい日本語」をご存知ですか?
もちろんです。私の現在の職場の大学では、国際的な研究者をより多く招致したいという方針があります。しかし、一気に英語で対応できるようになるのはさすがに難しいため、最近は英語研修に加えて日本人スタッフ向けの「やさしい日本語講座」を開きました。急に他の言語を学ぶことは難しいけれど、やさしい日本語はコミュニケーション能力を上達させるための効果的な手段だからだと思います。私も、やさしい日本語は会話においてとても重要なものだと思います。
Q:「やさしい日本語」を初めて使われたのはいつですか?
多分初めてALTとして中学校で働いたときだと思います。その時は、斎藤先生という英語の先生と一緒に働いていました。彼女は私が日本語を話せるが敬語や複雑な文法や言葉を知らないことを理解してくれていました。意図的にシンプルな言葉を選んでくれていたと思います。例えば、「ご利用ください」の代わりに「使ってください」と言ってくれていました。ビギナースピーカーにとっては「使ってください」の方が一般的で分かりやすいです。先生は、やさしい日本語を使わないといけないと思って話していたのではなく、教師として、より良いコミュニケーションのために相手のことを考えて簡単な表現を使ってくれていたんだと思います。あの頃は「やさしい日本語」という考え方が広まっていなかったはずですし。「やさしい日本語」が、単なる言語のルールではなく、相手の配慮から自然に生まれるものなのかもしれません。
英語教師としては「英語が一番大事」と言いたいところですが、日本においては実際そんなことはないと思います。日本に来る外国人の母語が必ずしも英語であるとは限らないし、英語を流暢に話せる日本人の方が多くいるわけでもない。だからこそ、「やさしい日本語」というのはお互いの歩み寄りの上で成り立つもので、とても有効的であると感じます。
「日本語お上手ですね」~褒め言葉の裏に潜む期待値のギャップ
Q:授業で、見た目で判断せずにやさしい日本語で話しかけてほしいという外国人の方のインタビューを見ました。モーガン先生は見た目で判断された経験はありますか? その時はどんな感情を抱きましたか?
しょっちゅうあります。この間は、スーパーのレジで店員さんが「Bag?」と英語で頑張って話しかけてくれました。英語を使ってくれることはありがたいけれど、「日本語で大丈夫だよ」と思うこともあります。また、日本語で「いいえ」と応対した際に「日本語お上手ですね」と驚かれ褒められたことがあり、少し複雑な気持ちでした。日本語を褒められたことは嬉しかったけれど、外国人が日本語を話すということに対する、もともとの期待値が低かったのかなと感じたからです。これは、外国人だから日本語を話せないのが当然だという、無意識のステレオタイプが透けて見える瞬間でした。こうした「思い込み」を避けるために、私が提案するのは、たった一言の確認です。
会話の最初に「日本語、大丈夫ですか? English?」と確認があると嬉しいです。
仮に尋ねられた場合、私は「やさしい日本語でお願いします」と答えると思います(笑)しかし、英語を練習したいと思っている日本人店員もいると思います。彼らをできればサポートしたいとも思うので、「英語でお願いします」と応えるかもしれません。
ゴールではない「やさしい日本語」~真の優しさは配慮にある~
Q:「やさしい日本語」によって嫌な思いをした経験はありますか?
私はありません。しかし、カナダ人の友人の話からは、その複雑な側面が存在していることも理解できます。その友人は日本に住んでいて、敬語を使って日本語を話せたにもかかわらず、店員が「やさしい日本語」を使い続けたため、「小学生のように子ども扱いされた」と感じ、複雑な感情を抱いたそうです。ですが、もちろん私たちはその日本人の店員が最善を尽くそうとしていたことも理解できます。しかし、今一度考え直すべきことは、やさしい日本語を使うことはゴールではなく、コミュニケーションを築くための有効な手段だということです。よりよいコミュニケーションを築くために、相手のことを思いやることが最も重要だと考えます。
この思いやりは、翻訳の仕事にも直結しています。例えば、時々送られてくる挨拶文がハイレベルな語彙や敬語で書かれている場合、翻訳の過程が煩雑になります。でもやさしい日本語で書いてくれるときは、翻訳の過程がよりスムーズになり、効果的だと思います。
Q:言語を教える際に意識していることはありますか?
「ゆっくり話す、語句を繰り返す、できるだけシンプルな言葉選び」を重視していました。これらすべては相手への「思いやり」という一貫した哲学に基づいています。

Small things make a big impact~多文化共生社会への小さな一歩~
Q:日本人と外国人がよりよく協働するために何が必要だと考えますか?
そうですね……。言語能力の向上だけではなく、私たち一人ひとりの姿勢と行動こそが重要だと考えます。
私たちはステレオタイプや今までの経験に基づいて思い込みをしてしまいがちです。しかし、人の価値観や考え方は十人十色です。それに国籍や育った場所はあまり関係ないと思います。私が具体的に提案するのは、簡単な仕組みと行動です。たとえば、ホテルのスタッフが最初に「日本語で大丈夫ですか?」と聞くこと。あるいは、話せる言語を示すバッジや印を身につけることです。
そして、最も重要なのは「聞く」ことだと思います。同じ国出身同士でも相手の気持ちを完全にくみ取ることは難しいです。言語の壁がある外国人同士はなおさらです。思い込む前に聞くという行為が大事だと思います。こちら側が相手の考えていることを察しないとと思う気持ちも理解できますが、聞くことは失礼ではないです。簡単なことから実践していくと良いと思います。Small things make a big impactです。この言葉は、一つ一つは小さな配慮でもそれが大きな変化を生む、という意味をもちます。「やさしい日本語」とは、決して完璧な日本語の代替品ではありません。それは、私たちが外国人に対し、そして互いに、いかに「思いやり」を持って接することができるかを試す、小さな指標なのです。その小さな一歩の積み重ねが、多文化共生という大きな目標への確かな道筋となるでしょう。
(インタビュー:2025年11月)

