作曲を学ぶ、異国での6年——ある中国人留学生の歩み

武蔵野音楽大学

作曲を学ぶ、異国での6年——ある中国人留学生の歩み

PEOPLEこの人に取材しました!

肖雨心(しょううしん)さん

大学院生

中国の北京市海淀区に生まれ、17歳で来日。武蔵野音楽大学の大学院で作曲を学び、絵本音楽を作曲、音楽と文学の関連性を研究している。これまでの経験や今後の希望について聞いた。

音楽との出会いと日本留学の理由

Q:日本での生活や勉強についていくつかお聞きしたいと思います。まずはじめに、いつ日本に来ましたか?大学への編入はいつ頃だったのでしょうか?

最初に、音楽の道を歩み始めたのは小学生の頃です。小学校からピアノを習い始めましたが、最初は完全に親の意向でした。当時は中学受験の加点目的で、資格を取るためにピアノを習わされていました。正直、最初は音楽に特別な思い入れはなく、ただ続けていただけでした。中学、高校でもずっと音楽を続けていて、海外に出る時点でも音楽を続けるか決めていませんでしたが、子供の頃から続けてきたことで多少の基礎は身についていました。

来日前は一般の文系留学生と同じように準備をしており、日本語だけでなく、EJU(日本留学試験)の文系科目も勉強していました。今振り返ると、音楽留学とはあまり関係のない内容で、最初の授業で「NPO」「非営利組織」について学んだことを今でも覚えています。大学受験の準備をする中で、本格的に音楽の道を進む決心をしました。そして2019年4月に日本に来ました。日本を選んだ理由は単純で、他の国と比べて手続きが簡単で、留学しやすい国だったからです。私にとって最も便利な選択肢だったので、自然と日本に来ることになりました。

作曲を学ぼうと思ったのは、日本に来てから音楽を勉強し始めて、作曲科の先生に教えてもらったことがきっかけです。最初から将来作曲の道に進むと決めていたわけではありませんが、触れてみて自分に合っていると感じたので、作曲系の学校を受験することにしました。

Q:ということは、日本での生活は今もう6年目になりますよね?2019年からだと。

はい、もう6年になります。

   

 日本生活で感じた文化の違い

 

Q:この6年間、日本での生活や勉強を通して、文化的に面白いと感じたことや「変だな」と思った習慣はありますか?

そうですね……。面白い文化習慣と言えば、最初に東京に来た時は人が少し冷たいと感じたことですね(笑)。印象に残っているのは生活の細かい部分です。例えばガスの使い方です。今住んでいるのは「防音物件」と呼ばれる部屋なのですが、プロパンガスというボンベ式のガスを使っています。中国では見たことがなかったので、最初はすごく古風に感じて面白かったです。

それから生活のリズムについても、日本と北京では全然違うと感じました。北京はとにかくスピードが速くて、皆できるだけ早く物事を終わらせようとしますが、日本では計画に多くの時間をかけ、ペースがずっとゆっくりです。食事の予定一つ取っても、すぐに決めずに事前に予約しないといけないことが多いです。日本の友達と食事を約束する時も、LINEグループで投票機能を使って日程調整してから決めます。中には1ヶ月先に予定を入れることもありました。その時、「日本人はここまできちんと計画するんだ」と驚きました。

Q:日本で生活する上で、特に注意した方がいいと思うことはありますか?

やっぱり一番大事なのは日本語が話せることだと思います。実際、日本人は外国人に対してとても寛容だと感じます。日本の習慣やルールを完全に守るように強制されるわけではないので、最初はそんなに緊張する必要はありません。ただ、付き合いが深くなるにつれて「暗黙のルール」があることもわかってきますが、それも厳しいものではありません。日本人は距離感を大事にしますが、同時に他人を尊重する文化があると思います。

Q:実際の生活で困ったことや、人間関係で苦労したことはありますか?

あります。日本の友達と話を始めるとき、話題の切り出し方に毎回悩みます。日本では会話の「入り方」がとても大切で、いきなり本題に入るのは好まれません。天気や近況など軽い話題から始めて徐々に本題に入るのが自然なんです。そのため「今日は『暑いですね』と言うべきか、『最近おいしいもの食べた?』と聞くべきか」毎回考えてしまいます(笑)。LINEなどのメッセージでも同じで、日本の友達は本文の前に長い挨拶文を入れる人が多くて、最初は大変でしたが今は慣れてきました。

    

作曲科での経験と創作活動

Q:作曲科の学生について、何か個性を感じますか?また、特に印象に残っているエピソードはありますか?

作曲科はまず、とても多様性を受け入れる場所だと思います。いろんな性格の人がいて、「こうあるべき」という型がありません。だからこそみんな自分の居場所を見つけやすいです。多くの学生が他の学科から編入してきたりもしています。私たちの学科は全国、いや世界中から集まった様々な背景、経験、性格を持つ人で溢れています。印象に残っているのは、大晦日にライブバーで同じ大学の後輩に偶然会ったことです。レシートに中国語が書いてあったので「新年快楽!」と声をかけたら、話しているうちに同じ大学の作曲科の学生だとわかってびっくりしました。彼はもともと東京芸大を目指していて、私の今の指導教授に勧められて今の大学に来たそうです。

Q:先生とはとても良い関係を築けているんですね?

はい、本当に良い関係です。先生はとても特別な人で、普段は一人で作曲や練習に没頭していて、社交的ではないのですが、一緒に食事をするととても楽しそうに振る舞います。食事にもこだわりがあって、外見はクールなのに心の中では人に気にかけてもらいたいタイプだと思います。

    

絵本のための音楽を作る

Q:絵本音楽について詳しく教えてください。どんな内容で、難しかったことは?

子供の教育を目的に、音楽を流しながら絵本を見せるスタイルがあります。この音楽のことを絵本音楽といいます。一つ目はイギリスの絵本『たのしい川べ』を題材にしたもので、もう一つは日本の作家・宮西達也さんの絵本を原作にしています。絵本音楽は普通の音楽作品とは違い、機能性が重視されます。ナレーションに合わせて意図的に間を作るなどの工夫も必要で、大変でしたがとてもやりがいがありました。ーさん』アーノルド・ローベル作 こみや ゆう訳 好学社2023年

『やまをうごかしたミン・ローさん』(好学社、2023年発行、アーノルド・ローベル/さく、こみや ゆう/やく)

自分の変化と未来への展望

Q:留学を通して、自分自身の変化はありましたか?

すごく大きな変化がありました。以前は生活をすべてコントロールしようと執着していましたが、留学してから「過度なコントロールは自己中心的なものだ」と気づきました。今では「不完全さ」を受け入れるようになり、挑戦に対しても失敗と考えず、受け止めて自分なりのペースを見つけることができるようになりました。

Q:この数年間で「一番輝いていた」思い出はありますか?

どれも素晴らしい思い出ばかりで、運が良かったと思います。周りの友達や先生方に恵まれて、6年付き合っている彼氏もできました。これも留学生活で特別な経験です(笑)。学業面では、絵本音楽の作品を2作仕上げて発表できたことが一番の達成感でした。

Q:将来的に絵本音楽を中心に活動していくつもりですか?

もともとは幼稚園で働きたいと思っていましたが、保育士の給料があまりにも低くて生活できないと感じたので諦めました。これからは、子ども向け音楽や絵本音楽の制作を続けていくつもりです。

Q:最後に、これから日本に来る留学生にアドバイスをお願いします。

自分を箱の中に閉じ込めないでください。生活を楽しむことが一番大切です。リラックスして、失敗を恐れず、心を開いていけば自然と慣れていけます。

(インタビュー:2025年11月)

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